真っ赤な本当 と 真っ白な嘘

daughter in the sea

真っ赤な嘘という言葉はなぜ黒色じゃなくて赤色なのか。
嘘をついて人をだますような人間を腹黒い人と表現するなら、真っ黒な嘘の方がしっくりくる。

大人になるということのひとつは、上手な嘘がつけるようになることなのだろうか。

生きるために必要なスキルというのは、リアルな人間関係の中でしか学べない。
それはとても独特で、喜んだり傷ついたりして少しずつ手に入れていくもの。
たとえば、もし「生きるために必要な100個のスキル」という本を手にいれて頭で理解したとしても、実体験ではきっとうまくいかないことの方が多い。
なぜかと言えば、それは体感で学ぶことの方が多いからである。

頭ではないから。
肌で感じることだから。

人がコミュニケーションで使う五感というのは、とてもあいまいで白黒はっきりつけられないことが多い。
ハッキリさせないまま、あいまいなまま、なんとなく幸せ!と進んだ方がうまくいくことも多いのかもしれない。

嘘をつくということは、ある意味事実をハッキリさせる行為。
その時は上手に嘘がつけたとしても、いつかバレる。

そして自分で自分の首をしめることになる。

真っ赤な本当になる。

せっかく上手な嘘がつけるのであれば、自分のためではなく大切な誰かのために嘘がつけるような人でありたい。
今のところ上手に嘘がつけないから、大人になれないアダルトチルドレンなのかもしれない。

真っ白な嘘がつけるためにはまだ時間がいる。

by @gurizou | 10.1.2014 | Category: 色のこと | Tags: